人生の節目『成人式』——不参加にするのはもったいないと、中学時代の”元・陰キャ”である私が申し上げます。

人生の節目『成人式』——不参加にするのはもったいないと、中学時代の”元・陰キャ”である私が申し上げます。
2018-01-07

本日1月8日は新成人の門出の日、『成人の日』

ぼくは21歳✊✊

成人式を迎えて1年です。

今日はそんな、成人式についてのお話。

最近、「成人式に行かない」という人が増えていると聞く。

「マイナビ学生の窓口」が昨年12月、
全国の20~30代を中心とした成人男女402人に実施した調査によると、
成人式に欠席したのは21・9%。 (産経新聞)

https://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/170108/lif17010821260012-n2.html

成人式・・・実際、ぼくも行くか迷った。

なぜならば、中学3年の時に別の学区に引っ越したから、
友だちがあまりいなかったからだ。

転校というのは色々なコストがかかる。

学区内での生活があと1年しか残っていない、
中学3年生という段階で引っ越す人はあまりいない。

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でもぼくは色々事情があって、中学3年で引っ越した。

だから、学区内の友だちは、3年生でのクラスメイトしかいなかった。

さらに当時は引っ込み思案だったから、交友関係なんて全然狭かった。

そんな経緯もあり、地元の成人式に行くかはかなり迷った。

自分の住む地域は成人式の会場が小学校だったけど、
その小学校への登校経験がない、なんて間抜けな事態も発生した。(笑)

周りは「懐かしい」って会話を盛んにしていたのは、少し寂しかった。

そして、今では「行ってよかった」と心から思ってる。

中学3年として学んだ一年間分の友だちしかいない、僕でもだ。

中学時代”陰キャ”だった僕が、成人式で得たものとは

もちろん、先述した小学校を懐かしむ気持ちをはじめ、

「旧友とオールナイト」とか、
「元〇〇部で記念写真」とか、

もっと『成人式っぽいもの』を楽しんでいた人を見ると本当に羨ましかった。

でも、僕は成人式で多くのものを手にした。

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まず、新しい友達がちょっとできる。

『見たことある』程度の人でも、
話しかけたら結構話が合う、なんてことは意外と多いものだ。

疎遠になっていた友達と繋がるきっかけにもなる。

卒業後から、なんとなく疎遠になっていた友だちって、意外と多い。

成人式で連絡先を交換して、後日改めて飲み会に行ったりもした。

その飲み会でも、

当時は成績がふるわなかったヤツが、いい大学に行っていたり、
男子校に行って、なんか悶々としているヤツもいたり、
ゲーム実況者になっているヤツもいたり・・・面白かったなあ。

人ってなんだかんだ言って、繋がりの中で生きているわけで。

成人式というのはその最大規模の、最初で最後のきっかけづくりの場となり得る。

それをないがしろにするのは、勿体無いと思うなあ。

学校の先生とも久しぶりに会えた。

当時怖かった先生。生徒に手厳しかった先生。

そんな先生の話題で盛り上がるのも、また一興。

来賓紹介で先生の名前が読み上げられた時の歓声(悲鳴)。なかなかエモかったなあ。

きっかけよりも、大事なこと。

得るもの全てに共通する、一番大事なこと。

それは、「いろいろな人がいることを知れる」ことだ。

ぼくたちは小中学校を卒業した先には、
高校、大学、専門学校、社会人・・・など、様々な選択肢が控えている。

これを考えてみると意外と面白い。

知らない間に、自分の周りに多様性がなくなっているのだ。

たとえば、高等学校に入るとき、
ほとんどの学校に『入学試験』がある。

それがあると、推薦にしても学力試験にしても、
自分と似たような『能力』や『価値観』を持つ人が周りに多くなっていく。

普通科の進学校の人は賢い大学にいく人が多い環境に行くし、
就職する人は、若いうちから社会に価値をもたらす人が多い環境に行く。

皆、社会のレイヤーに飲み込まれていく。

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でも若いうちは、当然、こんなことは知らない。

だから、自分の周りの見ている世界が知らない間に狭くなってしまう。

ぼくは成人式を、「気軽に世界を見つめ直せる絶好の機会」だと思う。

先述したが、かつての中学のクラスメイトには、

いろいろな人がいて、その人なりの道を歩んでいた。

秀才のアイツは、
京都大学に進んでいた。

ちょっと性格が変わっていたアイツは、
就職して男らしく、かっこよくなっていた。

障がいを持っていたアイツは、
全国のコンクールで数々の賞を取っていた。

初めて仲良くしてくれたあの子は、
浪人して名門国立大学に合格していた。

成人式で初めて会った子は、
専門学校に通って看護の勉強をしている。

当時は仲良くなかった子が、
同じ大学に通っていることが判明した。

挙げればキリがないけれど、

いずれも、今の自分の周囲にはいないタイプばかりだ。

この学びは全て、

あの『成人式』、あの一日に集約されている。

もちろん、個々人によって事情は様々だろう。成人式に無理に行け、とは言わない。

でも、

「着るものがない」なら、
スーツで行けばいい。(女の子はかなり勇気がいると思うけど・・・)

「会いたくない人がいる」なら、
関わらなければいい。会場に人はいっぱいいる。

「知り合いがいない」なら、作ればいい。
同じ境遇の人が一人はいるはずだ。

一番もったいないのは
「面倒だから」行かないことだと思うのだ。

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人生の節目・成人式。

些細な理由で、『不参加』と言ってしまうのはもったいない。

そこには、人生を大きく変えるような出会いがあるかもしれない。
そこには、自分の世界が大きく広がるようなきっかけがあるかもしれない。

そしてたまには、こういうベタな『儀式』もいいものだよ。

20年間生きた節目を迎える自分を、褒め称えてあげよう。

『これまで』を思い返し、
『これから』を見据える素敵な節目にしよう。

この記事が読んだ日本の誰かが、
成人式に行ってくれることを願って。