「奥が深いね」って言葉は、浅い。

「奥が深いね」って言葉は、浅い。

考えごと

「奥が深いね。」

この言葉を一度は言ったこと、もしくは耳にしたことがある人は多いのではないだろうか。

 

ぼく自身もたまに使ってしまう言葉だし、

あまり違和感なく簡単に、『おくがふかい、深遠であるさま』を表現できるから、便利な言葉である。

 

 

今回はそんな、奥が深そうに見えてそうでもないお話。

 

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結論から言ってしまうと、奥が深いと簡単に言ってしまうということは【考えることを終える、(悪くいうと、降参する)】ということだ。

そして、この言葉を使うには注意が必要だということに気づいた。

 

 

『簡単に言ってしまう』と書いた理由は、ある程度その議論や思考を進めたうえで、「奥が深い」と議論や思考に終止符を打つのは悪くない使い方だと思うからだ。

たとえば、

 

ぼく「写真は、明るさを決めるための露出というのがあって、絞り値、シャッタースピード、撮影モード、露出補正が設定できるんだ。」
後輩「ISO感度も忘れちゃ駄目ですよ。」
ぼく「写真の色味を調整するホワイトバランスの設定もあるね。」
後輩「レンズにもいろいろ種類があって悩みますよね~」
ぼく「画質モードやフラッシュも調整する必要があるね!」
後輩「やっぱり写真って、奥が深いっすねえ!」

 

奥が深いものというのは、語りだすとキリがない。
語りつくしていたら日が暮れて、登ってしまうだろう。

そこで、「奥が深い」という言葉を使う。
嫌味のない感じで対象の良さを残して次の話題に移れる。

 

一方で、これはどうだろう。

 

ぼく「写真は、明るさを決めるための露出という設定がある。
他にも絞り値、シャッタースピード、撮影モード、露出補正が設定できるんだ。」
後輩「そうっすよね~奥が深いですね!」

 

様々な設定項目を持ち、その魅力がある写真について、思考や議論を起こさず、「奥が深い」という一言で片づけてしまっている

特に、知識が浅い、面倒臭がり屋、若者、考える力がない人・・・そんな人がやってしまいがちな過ちだと思う。

 

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その典型例が「やる気のない大学生が出す、授業のリアクションペーパー(感想用紙)」である。

「日本語という言語がいかに奥深いものかが分かった。」「マーケティングは奥深いと思った。」

こんなこと書いた暁には、自分に理解する気がないこと、その講義内容を分かっていないことを高らかに宣言しているようなものである。

 

 

もちろん、ぼくは「奥が深い」という言葉を否定しているわけではない。

使うことが間違っているわけじゃないし、そのような深掘りをしない、手頃な会話も時には必要だろうから。思考を放棄したくて、使いたくなる気持ちも非常に分かる。(というか、自分もよく使う。)

 

でも思考が必要とされる場面、思考が大きな利益をもたらす場面では、やはり「奥が深い」という言葉を安直には使わないのが重要だと思う。それがどのように「奥が深い」のかを汲み取り、深掘りすることで、新たな気づきをも得られる可能性がある。

 

そしてこのような言葉は、色々ある。『面白い』とか。日本人が昔から使ってる『いとをかし』もそうなのかもしれない。

要は、言葉の使いどころを誤ったり、頼り切ってはいけない、という話でした。

P.S.

この記事を読んだうえで、ツイッターの検索窓に「奥が深い」って入れて検索すると、日本人がいかに考えることを放棄しているかが分かって、じわじわくる。

暇なときに、ぜひやってみてください。