<時事ネタ>

道ゆく人に花を渡すソーシャルアートプロジェクト、Spreading loveに参加するということ。

先日2018年5月12日、世界の複数箇所で、Spreading loveが開催された。

そして名古屋の鶴舞公園でも、五月晴れの空の下、活動が行われた。

Spreading loveをひとことで説明すると、『道ゆく人に一輪の花を渡す、ソーシャルアートプロジェクト』

 

私たちは、『道ゆく人』にお花を渡す。

その花をもらった『道ゆく人』には、花を自分が思う『あの人』につないでもらう。

『あの人』は、さらに自身が思う『あの人』へつないでいってもらう。

花をもらうと、心が豊かになる。

また、渡す時には必ずコミュニケーションが生まれる。

お花で、『愛を拡散する』連鎖を起こして、希薄になっている『人のつながり』の大切さを再認識しよう。

そして、世界を豊かにしよう。

 

わかりやすく言うとこんな感じ。素敵な活動だ。

 

どちらかというと今まで交友関係を軽視してきたぼくにとって、『つながり』を大事にするSpreading loveはある意味、対極の存在だった。

でも別の部分で共感するものがあったから、ここまで続けてこれた。

 

 

なぜ自分がこの活動に取り組んできたか。理由はいくつかある。

でも一番の理由は、ぼくは人が幸せそうにしているのを見ると、心から嬉しくなる人間だからだ。

 

 

母の日や父の日で贈り物をして、両親が喜ぶ姿。

アルバイトで、自分の接客によって子供たちが楽しんでくれている姿。

結婚式で、新郎新婦と親族が幸せそうにしている様子。

大学祭で、自分たちが作り上げたステージで会場が一体となっている様子。

 

 

例を挙げればキリがないけれど、ぼくにとっての最高のモチベーションは間違いなく、人の笑顔を見ること。そして、人の思い出に残ることを作ることだ。

Spreading loveも、それに通ずる魅力を感じたから参加した。

各地で、たくさんの笑顔を生んできたSpreading love

 

自分の人生は、正直言って全く順風満帆では無かった。

今でも自分の色々な『実力不足』が仇となって、人間関係において並みの人より数々の失敗をしてきていると思う。

でも、自分はどうであれ、他人が幸せならいい。それが自分の幸せ。自己犠牲じゃないけれど、そう思うようになった。

 

本当に、『他人に幸せを与えるには、自分が幸せである必要がある』のか

よくあるこの意見。

この意見は確かに同意できる。『自分の幸せが相手にも伝わる』という部分はあると思うし、自分が幸せであることに越したことはないからだ。

 

けれど、自分が幸せじゃないからと言って、他人を幸せにすることはできない、というのは大間違いだ。

『幸せじゃないから、その憂さ晴らしで周りの人に不快な思いをさせている』日本人が多い気がする。

 

卑屈になるべきではない。自分が幸せじゃなくたって、人を喜ばせることだってできるんだよ。ただ、自分できっかけを掴みにいっていないだけだ。

こんな自分の世界に引きこもってしまいがちな人にもきっかけを与えられるのが、Spreading loveだと思っている。

 

本当に良いと思える、恩送りの文化。素敵なお金の循環。

ぼくはこの一年間で、『人のために何かをする』、それを高いレベルでやっている人への見方が変わり、彼らを心から尊敬するようになった。

 

と言うのも人間の価値は、『人のためになる行為をして、人の心をどれだけ突き動かすことができるか』で決まると信じているようになったのだ。

だから普通のサラリーマンだって、みんな素敵だ。

だって自分が働くことによって、最終的に誰かの役に立っているのだから。

 

 

でも人のためになっていて、人の心を突き動かしているけどお金を得ることができていない人もいる。

 

例えば、街中でパフォーマンスしている大道芸人なんて、その最たる例だ。

みんなは大道芸人のパフォーマンスにひきこまれ、その超人的なパフォーマンスに思わず魅入っちゃう。

 

けれど、演技終了後に多くの人がチップを帽子に入れず、立ち去っていく光景を見た。

なんでお金を入れていかないのかって言ったら、あくまで『お金を入れる必要がないから』だよね。

『払う義務がない』から、ケチっちゃってる人がいる。

なぜ、お金を入れないんだろう。

見る価値があると思ったから、足を止め、時間を費やしてそのパフォーマンスを観戦したのではないのか。

 

確かに、お金は大切だ。

でも、そのお金を過保護しすぎて、払うべきところに払えていない人が多いと思っている。

 

正月の福袋とか、激安のタイムセール、〇〇詰め放題に人だかりができるのなんて、その最たる例。

『自分が金銭的に得する場面』だけを狙い、砂糖にたかる蟻のように群がり、一心不乱に良くもない商品を買っていく。

こういう節約も時には必要だとは思うけれど、個人的にはあまり美しいと思える光景ではない。

本当にお金がない人がするのならまだ分かるんだけど、いかにもお金がありそうな世代がそういう行動をしているのを見ると、ちょっと悲しくなってくる。

 

そんな『お金を過保護する』日本の文化をなんとかして、お金の循環を起こす。

本当に価値があると思えるモノに対して、その対価を払うことができれば、それは素晴らしいと思うのだ。

素敵なパフォーマンスを見せてくれた大道芸人に最大限の拍手を送り、お金を払いたいとみんなが思えるような社会だ。

『お金を払わなければならない』という義務的な気持ちではなくて、『お金を払いたい』という能動的な態度でもお金を使う大切さ。

この気持ちのいい信用の証の循環は、恩送りの文化と通ずるものがある。

日本に少しでも根付いてほしい、そう思っている。

 

 

現状では、花を受け取ってくださる人は、「タダならもらう」という人がほとんどだ。

つまり、その人の価値観にとって、この花はお金を払うに値しないということ。

けれどいつか、この活動で花を差し出した時に、「素敵な活動だね。お金を払いたい!」と言ってくれる人が現れてほしいと思ってる。こんな人が1人でも多くなったら、これ以上のことはない。

(ちなみに一応注釈を入れておくと、これは決してぼくが花の対価としてお金を求めているわけじゃなくて、受け取ってくれる人の意識の話である。)

 

無償の愛で、社会の精神的な豊かさを上げる

きっとこの活動に参加してくれている人たちは、本当に素晴らしい人ばかりだ。

そして共感してくれる人も、かなり増えてきている。

セントレアでの活動の様子。(http://spreadinglove.art/portfolio/centrair/)

 

そしてそのほとんどの人は、「世の中を少しでも良くしたい」「1人でも多くの人を笑顔にしたい」みたいな気持ちを持ってやってくれている。

(もしくは、そういう考えにある程度の共感をしてくれていると思う)

 

このSpreading loveで配っている花を購入するのは、もちろん実費だ。

人によっては、この活動はこう見えるだろう。

【お金を払って花を買って、それを時間をかけて、不特定多数の人にバラまいている。】

こんな風に、『お金と時間をドブに捨てている』と見る人は多いだろう。確かに見方によっては、そうかもしれない。

でもぼくは、損なんかしていない。

【お金を支払って、人の笑顔をもらっている。そして、人とのつながりを得ている。】

幸せのきっかけをもたらし、幸せをもらう。

こんな素敵な活動があるだろうか。

 

 

なんだか味気なくて、殺風景な世の中だ。

社会問題が次々と発生し、色々なものの質が下がっているし、ネット上には罵詈雑言が飛び交っている。

そして親戚とか友達とか先輩とか、周りの人は本当に『お金』のために生きている人が多くて、なんか寂しい。

そんな世の中が、何も知らない子供たち、次世代にも受け継がれていくのだ。

 

 

そんな人たちの人生を、もっと色付けたい。負の連鎖を止めたい。

世界同時多発で、不特定多数の人に行うこのアートプロジェクトは、多くの人の価値観を変えることができると思っている。

花を差し出すと、時には不審がられ、時には宗教かと疑われる。「そんなことは自己満だ」と言われることもある。

鶴舞公園でも、「花なんて要らないわ、日本語分かる?」と冷たいことを言われた。

(実際花を受け取って、全員が嬉しいとも限らないだろうから、その点は頭の中に入れる必要がある。)

 

 

でも、そんな人々にも、『心を突き動かす何か』を与えられればいいと思う。

その日花を受け取ってくれなくても、彼らが別のなんらかの機会に、花を見た思い出が蘇ったりすればそれで良い。

味気ない人生を送っている人々の中に、なんらかの痕跡を残せれば、と思っている。自分たちが配った花は、不特定多数の人の心を動かす最高の『きっかけ』となると信じている。

 

人口密度が高いこの日本は、他者との物理的な距離は近いけれど、精神的な距離は遠いと言われている。

この、なんとも言えない人と人との壁を、この活動が少しでも近づけてくれると信じている。

【道ゆく人に、一輪の花を渡す。】

たったそれだけの行為だけど、ぼくは『人の日常に1つの彩りを添えたい』、その一心でやってきた。

 

 

大して人も笑わせられないし、話していることはつまらない。

場も盛り上げられるわけでもないし、大した技能があるわけでもない。

・・・こんななんの取り柄もないぼくでもできる、人の心を彩る行為。それがSpreading loveというアートプロジェクトだ。

 

 

花は、非言語で美しいと感じられる。だから、言語の壁はないし、世界中の人が心から美しいと思えるはずだ。

「花は見る人を癒すが、自分は何も求めない。だから美しい」 (美輪明宏)

自分の幸せのために、他人の幸せにつながる活動をする。こんな素晴らしいことはなかなかない。

その積み重ねで、明日の社会が今日より良くなっていることを期待しています。

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